時にはこんな雑学も② ~煮詰まってくる~

『煮詰まってくる』とは、「そろそろ結論が出てくる。」というのが本来の意味。
「煮詰まる」とは、煮物がぐつぐつと煮えて水分が無くなってきた状態なので、むしろ完成間近というのが正しい意味。しかし、「議論が煮詰まってしまって、結論が出てこない」という意味で使われることが多くなってしまったのだそう。

2022年5月27日の時にはこんな雑学も① ~目線と視線の違い~に引き続き、大人世代の雑学を少々。
参考は、前回同様【日本人の9割がしらない「ことばの選び方」大全 日本語研究会「編」青春出版社】より抜粋

『御の字』(おんのじ)の意味って

「御礼」「御社」「御身」というように、「御」(おん)を頭につけると最上級に敬う意味になる。

だから、「御の字」というのは、「一番いい〇〇」「最上の〇〇」「非常にありがたい」という意味が本来の使い方。
でも、今は「この試験では60点取れれば御の字」「明日までに完成出来れば御の字」のように何とか納得できる。最悪ではないという意味で使われるようになってきているのだそうです。

『世間ずれ』(せけん)している人って、外れてしまっている?

「ずれ」とは 「擦れる」という意味。

それまでは、世間と接する機会が少なかったけれども、さまざまな経験をするうちに純粋な気持ちが少なくなってきた様子を指す。さらにいくと「すれっからし」になっしまうということ。
世の中の考えから外れているという意味ではないのだそう。

『割愛』(かつあい)のつかいどきって。

『もともとは仏教用語で、「愛着を断ち切る。」が由来。
そこから、「大切なものを、惜しみながら手放すこと」「必要と感じていながらやむなく省くこと」が本来の意味。

でも、現代では、「やむなく省くこと」の意味が転じて、「単に省くこと」、さらに「不要だと思ってカットすること」として使われるようになったのだとか。
「これ以上の説明は不要」という意味で使うと、本来の意味と違うので注意が必要なんですって。

『うがった見方』って皮肉なの?

「うがつ」を漢字で書くと「穿つ」。
これは、「雨だれ石を穿つ」という諺にもあるように、穴をあけることを言う。

つまり、「うがった見方」というのは、「ものごとを深く掘り下げて本質をつかんだ見方」ということになる。
もし誰かが、本来の意味を知っていってきたとしたら、褒められたことになるのですって。

でも、最近では、ひねくれた見方や考え方をさしたり、ちょっと考え過ぎではないかと皮肉や批判を示す時につ割れることが多いみたい。

おまけ

川の「左岸」「右岸」ってどっちがどっち?

川の流れを基準にしていて、

上流から下流を見た時、左側にあるのが「左岸」
逆に右側にあるのが、「右岸」

山から流れている川を描いているこの図でいうと、
画面の右側が「左岸」で画面の左側が「右岸」ということになります。<(_ _)>

耳慣れた音と言葉がごっちゃになって、本来の意味と違う意味で覚えてしまっていることが結構多いみたい。で、本来の意味を折角覚えても、通念上で知れ渡っている意味で使われることが多いから、覚え損みたいなこともあるかもしれないけれど・・・。
大人世代としては、本来の意味を知っておくと何かの雑学で役に立つかもしれませんね。

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